もちろん》、明子はもう誘いに来なかった。戸外は相変らず不思議に暖かくて雪の代りに雨がしょぼしょぼと降り続いた。加奈江は茶の間の隅に坐って前の坪庭の山茶花《さざんか》の樹に雨が降りそそぐのをすかし見ながら、むかしの仇討ちをした人々の後半生というものはどんなものだろうなぞと考えたりした。そして自分の詰らぬ仕返しなんかと較べたりする自分を莫迦《ばか》になったのじゃないかとさえ思うこともあった。
一月十日、加奈江宛の手紙が社へ来ていた。加奈江が出勤すると給仕が持って来た。手紙の表には「ある男より」と書いてあるだけで加奈江が不審に思って開いてみると意外にも堂島からであった。
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この手紙は今までの事柄の返事のつもりで書きます。僕は自分で言うのもおかしいけれど、はっきりしていると思う。現在、あの拓殖会社が煮え切らぬ存在で、今度の社が軍需に専念である点が僕の去就を決した。しかし私に割り切れないものがあの社を去るに当って一つあった。それは貴女に対する私の気持でした。社を辞めるとなれば殆《ほとん》ど貴女には逢えなくなる。その前に僕の気持を打ち明けて、どうか同情して貰いたいとあせっ
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