「お目出とう」と言った。その言葉で加奈江は
「そうだった、ビフテキを食べるんだったっけね。祝盃を挙げましょうよ。今日は私のおごり[#「おごり」に傍点]よ」
二人はスエヒロに向った。
六日から社が始まった。明子から磯子へ、磯子から男の社員達に、加奈江の復讐成就が言い伝えられると、社員たちはまだ正月の興奮の残りを沸き立たして、痛快々々と叫びながら整理室の方へ押し寄せて来た。
「おいおい、みんなどうしたんだい」
一足|後《おく》れて出勤した課長は、この光景に不機嫌な顔をして叱ったが、内情を聞くに及んで愉快そうに笑いながら、社員を押し分けて自分が加奈江の卓に近寄り「よく貫徹したね、仇討本懐《あだうちほんかい》じゃ」と祝った。
加奈江は一同に盛んに賞讃されたけれど、堂島を叩き返したあの瞬間だけの強《し》いて自分を弾ませたときの晴々した気分はもうとっくに消え失せてしまって、今では却ってみんなからやいやい言われるのがかえって自分が女らしくない奴と罵《ののし》られるように嫌だった。
社が退《ひ》けて家に帰ると、ぼんやりして夜を過ごした。銀座へ出かける目標《めあて》も気乗りもなかった。勿論《
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