つの》ることによって、加奈江は激情を弾ませて行って
「あなたが撲ったから、私も撲り返してあげる。そうしなければ私、気が済まないのよ」
 加奈江は、やっと男の頬を叩いた。その叩いたことで男の顔がどんなにゆがんだか鼻血が出はしなかったかと早や心配になり出す彼女だった。叩いた自分の掌に男の脂汗が淡くくっついたのを敏感に感じながら、加奈江は一歩|後退《しさ》った。
「もっと、うんと撲りなさいよ。利息ってものがあるわけよ」
 明子が傍から加奈江をけしかけたけれど、加奈江は二度と叩く勇気がなかった。
「おいおい、こんな隅っこへ連れ込んでるのか」
 さっきの四人連れが後から様子を覗きにやって来た。加奈江は独りでさっさと数寄屋橋の方へ駆けるように離れて行った。明子が後から追いついて
「もっとやっつけてやればよかったのに」
 と、自分の毎日共に苦労した分までも撲って貰いたかった不満を交ぜて残念がった。
「でも、私、お釣銭は取らないつもりよ。後くされが残るといけないから。あれで私気が晴々した。今こそあなたの協力に本当に感謝しますわ」
 改まった口調で加奈江が頭を下げてみせたので明子も段々気がほぐれて行って
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