、必死に手に力をこめるほど往時《むかし》の恨みが衝《つ》き上げて来て、今はすさまじい[#「すさまじい」に傍点]気持ちになっていた。
「なぜ、私を撲《なぐ》ったんですか。一寸口を利かなかったぐらいで撲る法がありますか。それも社を辞める時をよって撲るなんて卑怯《ひきょう》じゃありませんか」
加奈江は涙が流れて堂島の顔も見えないほどだった。張りつめていた復讐心が既に融け始めて、あれ以来の自分の惨めな毎日が涙の中に浮び上った。
「本当よ、私たちそんな無法な目にあって、そのまま泣き寝入りなんか出来ないわ。課長も訴えてやれって言ってた。山岸さんなんかも許さないって言ってた。さあ、どうするんです」
堂島は不思議と神妙に立っているきりだった。明子は加奈江の肩を頻《しき》りに押して、叩き返せと急きたてた。しかし女学校在学中でも友達と口争いはしたけれども、手を出すようなことの一度だってなかった加奈江には、いよいよとなって勢いよく手を上げて男の顔を撲るなぞということはなかなか出来ない仕業《しわざ》だった。
「あんまりじゃありませんか、あんまりじゃありませんか」
そういう鬱憤の言葉を繰返し繰返し言い募《
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