仕事も、その命令通りにした愚直なことが、そこに叱言《こごと》の隙間《すきま》もないことで父を怒らせた。兄はしじゆうおど/\してゐて、眼鼻立ちに神経の疲労と愁《うれ》ひの湿りがあつた。濃い頭の捲毛《まきげ》だけが兄弟似寄つてゐた。兄弟は父が現代教育の方針に不満といふ理由で、一人は中学を、一人は高等学校を、途中から退学させられて、通つて来る二三人の家庭教師に就《つ》かされてゐるが、実は父が家庭に於ける享楽《きょうらく》生活に手不足を来《きた》すのを、父は極力嫌つたためでもあつた。
兄の鞆之助は雪子の部屋へよく遊びに来た。雪子が部屋の周囲に、蔵から出して来た、真《ほん》ものゝ植物以上に生々と浮き出てゐる草花が染付けられてゐる鉄|辰砂《しんしゃ》の水差や、掌《てのひら》の中に握り隠せるほどの大きさの中に、恋も、嘆きも、男女の媚態《びたい》も大まかに現はれてゐる芥子《けし》人形や、徳川三百年の風流の生粋《きっすい》が、毛筋で突いたやうな柳と白鷺《しらさぎ》の池水《ちすい》に彫《きざ》み込まれた後藤派の目貫《めぬ》きのやうなものを並べて、自分の店から持つて来たいろ/\の専門の道具や薬品を使つて手
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