かんしゃく》を起しかけて来ると、少女よりやゝしつかりした綺麗《きれい》な唇を嬌然と笑みかけて、あどけないことを云つたり、親を煽《おだ》てたり、他人の悪口を云つたり、およそ父の弱点が喜びさうなところを衝《つ》いて、素知《そし》らぬ顔で父の気分を持ち直させることに、気敏《けざと》い幇間《ほうかん》のやうな妙を得てゐた。
雪子はいやらしいと思ふ以上に、その技巧の冴《さ》えに驚嘆した。だが、梅麿は父以外にはその手は絶対に使はなかつた。
父の気紛れが、面白くない仕辛《しづら》い仕事を望むときには、梅麿はすーつと脇へ除《よ》けた。夜中に急に風呂を沸かさせたり、椽《えん》の下の奥に蔵《しま》つてある重いものを取出さしたり――さういふときには兄の鞆之助《とものすけ》が、ぶつ/\いふ召使を困りながら指揮して、その衝《しょう》に当つた。
父はこのことを知つてゐて、
「梅は狡《ずる》いやつだ」
といつて笑つたが、その狡さが気に入つてもゐた。
兄の鞆之助は反対に調法の外《ほか》、何から何まで、父の気に入らなかつた。父は兄息子の顔を見るとむつと黙つて仕舞《しま》ふか、癇癪を浴せかけた。命令通り出来上つた
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