つた。彼はやゝ下膨《しもぶく》れの瓜実顔《うりざねがお》の、こんもり高い鼻の根に迫らぬやう切れ目正しくついてゐる両眼の黒い瞳に、長い睫毛《まつげ》を煙らせて、地を見入つてゐるときには、何を考へてゐるか誰も察しがつかなかつた。桐《きり》の花のやうに典雅でつくねん[#「つくねん」に傍点]とした美しさが匂つた。声も鋭さを鞣《なめ》して楽しい響きを持つてゐた。彼はいつでも不機嫌に近く黙つて孤独で、地へ向けて長い睫毛を煙らせてゐた。雪子は新しく家族の仲間に加はつた自分に対し、若い女性に対し、何の影響をも示さないこの少年に、焦立《いらだ》たしさと、不満を含まないわけにはゆかなかつた。
だが、その美しさには雪子も呆然《ぼうぜん》として息を吐いた。父は梅麿を自分の蒐集物《しゅうしゅうぶつ》の愛玩《あいがん》品の中に数へ、しかもその中で最も気に入つた一つのものゝやうに、書斎で、庭で、二人は大概一緒だつた。そして父はこの息子に下手《したて》からお世辞を使ふ態度を取つてゐた。梅麿は父がお世辞を使ふ気持を見抜いて、とぼけて悠々とお世辞を使はれてゐた。だが決して調子に乗らなかつた。そして、父が理由もなく癇癪《
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