呉れた。私は大きな松の実のやうな菜果を手探りで皮を一枚づゝ剥《は》ぎ、剥げ根にちよつぽり塊《かたま》つてついてゐる果肉に薬味の汁をつけて、その滋味を前歯で刮《か》き取ることにこどものやうな興味を湧《わか》しながら、
「まあ、あなたがお料理屋を、どうして」
「――何かして紛らしてゐなければ――独身女はしじゆう焦々《いらいら》しますのよ」
 さう云つて友はちよつと眉《まゆ》を寄せたが、友の内心には何処《どこ》かさとり[#「さとり」に傍点]めいた寛《くつろ》いだ場所が出来、一脈の涼風が過不及《かふきゅう》なしの往来をしてゐるらしくも感じられる。下手な情感的な態度を見せては案外友を煩《うる》さがらさぬともかぎらない。
「それよりも、私、私が今度買ひ取つて落着くやうになつたこの家に就いて不思議な因縁話があるの、あなたに聴いて頂かうと思つて……さう陽気な話ぢやありませんの。灯《ひ》をつけて話しますわ」
 夕顔の花のやうな照り色のシヤンデリヤがぽつとついた。室内の照明に負けて窓外の景色はたちまち幕を閉ぢて、雨の銀糸が黒い幕面にかすれた。一たん眼を冥《つむ》つた友はまたぱつと開いて私の顔を真面《まとも
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