ら二三年も経《た》つたのに、かの女からは再び何の消息もなく、同窓の誰も知らなかつた。一度こちらから親の家へ尋ね合した手紙は、久しく前に移転して住所不明の附箋《ふせん》で返されて来た。
ところが突然かの女は郊外の新居といふのから電話して来て、車を廻して寄越《よこ》し、自宅で蛍見物をさすといふのに、のん気な昔の友人訪問の気持を取り戻して、私は来て見たのであつた。
淡い甘さの澱粉《でんぷん》質の匂ひに、松脂《まつやに》と蘭《らん》花を混ぜたやうな熱帯的な芳香《ほうこう》が私の鼻をうつた。女主人は女中から温まつた皿を取次いで私の前へ置いた。
「アテチヨコですの?」
「お好き?」
「えゝ。でも、レストラントでなくて素人《しろうと》のおうちでかういふお料理珍しいと思ふわ」
「素人ぢやございませんわ。店の司厨長《シェッフ》を呼び寄せて、みな下で作らして居ますのよ」
「わざ/\、まあ、恐れ入りました」
「私、最近に下町で瀟洒《しょうしゃ》なレストラントを始めようと思つて、店や料理人を用意してありますのよ」
女主人はレモンの汁を私の皿の手前に絞つて呉《く》れ、程よく食塩と辛子《からし》を落して
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