見物に何か関係があるのかも知れないと思ひ、すこしは薄気味悪くも我慢して、勧められるまゝ晩餐《ばんさん》のコースを捗《はかど》らせて行つた。だん/\募る夕闇の中に銀の食器と主客の装身具が、星座の星のやうに煌《きら》めいた。
女主人久隅雪子は私と女学校の同級生で、学校を卒業するとしばらく下町の親の家に居たことだけは判つたが、直ぐ消息を断つた。それから十年あまりして私は既に結婚してゐて、良人《おっと》に連れられて外遊する船がナポリに着いた時、行き違ひに出て行かうとする船に乗り込む遽《あわただ》しいかの女に、埠頭《ふとう》でぱつたり出遭《であ》つて、僅《わず》かにお互《たがい》に手を握つた。あとは私の帰朝後を待つてといひ残して訣《わか》れてしまつた。
二人ともいはゆる箱入娘で、女学生にしてもすでに知らねばならない生理的の智識に疎《うと》いところがあり、よく師友から笑ひ者にされた。その代り二人は競つて難しい詩や哲学の書物を読んだ。さういつた関係から、双方無口であり極度の含羞《はにかみ》やでありながら、何か黙照し合ふものがあるつもりで頼母《たのも》しく思つてゐた。だが私が四年目に帰朝し、それか
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