みいだ》せなかつた。従容《しょうよう》として、たゞ優しい仕事に、男がいたはり携《たずさ》はつてゐる自然の姿に外《ほか》ならなかつた。結局、兄の性格としてそれは身についた仕事であり、弟へしてやつてゐる平常からの馴《な》れであり、実は好みの就業となつてゐるのかも知れない。
「男の針仕事もいゝものだ」
と、雪子は胸の中でさう嘆声を漏《も》らしてゐた。
だが、雪子は羞明《まばゆ》いのを犯して、兄の縫ふ傍に立つてゐる弟の裸身に眼をやると同時に、全面的に雪子に向つて撞《つ》き入らうとする魅惑を防禦《ぼうぎょ》して、かの女の筋肉の全細胞は一たん必死に収斂《しゅうれん》した。すぐ堪へ切れない内応者があつて、細胞はまた一時に爆発した。そしてすつかり困迷して痴呆《ちほう》状態に陥つた雪子の心身へ、若く甘い魅惑は水の如く浸《ひた》り込んだ。
雪子はこの若きダビデの姿をいかに語らう――ミケランヂエロの若きダビデの彫像の写真にしても、このときまだ雪子は知らない。後に欧洲《おうしゅう》の彷徨《ほうこう》の旅で知つたのである。それは伊太利《イタリー》フロレンスの美術館の半円周の褐色の嵌《は》め壁を背景にして立つ
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