。雪子は激動の極、少し痴呆《ちほう》状態になつて却《かえ》つて逆に刺戟《しげき》を求めるこゝろから、もつと眼の前で惨劇の進むのに息詰まる興味を持つやうになつてゐた。
 それが終ると弟は浴衣《ゆかた》を抛《ほう》り出して、手早く帯を解いて、それから着てゐた袷《あわせ》も脱いだ。
「僕、縫つて呉《く》れないなら、裸で庭へ出て行くから――」
 行きかける風さへみせた。
 兄はあわてゝ弟を捉《とら》へた。
「だめだよ。そんななりで、君、感冒《かぜ》をひくぢやないか」
 兄は弟が小さい時感冒から肋膜《ろくまく》の気になつたのを覚えてゐて、それを気遣《きづか》つたものゝ、もつと大きな原因は、この兄弟は生まれつき肉体の露出については不思議な羞恥《しゅうち》の本能を持つてゐた。他人に見られるやうなところで、どんな必要の場合でも肌を脱いだり、裾《すそ》をからげたりは決してしなかつた。兄弟同志の間では、なほ更それは猥《みだ》らなものを見るやうに嫌つた。
 いま弟がそれを敢《あえ》てするのは、必死の羞恥を突き付けて、兄に必死の決意を促す最後の脅迫手段だつた。
「君、裸を垣根から通る人に見られるぢやないか」

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