蒼《あお》ざめさしたり、急に赤めたり、しかもわきへ避けて行かないで、だん/\眼と口とが茫漠《ぼうばく》となるところを見ると、一種の被虐性の恍惚《こうこつ》に入つてゐるものゝやうに見えた。
弟はこれに対してます/\執拗《しつよう》になり、果ては凡《あら》ゆる侮誣《ぶふ》の言葉を突きつけて兄に向つた。
雪子は見てはゐられない気がした。こんなに執拗に取組まなければ愛情の吐け口を得られない兄弟の運命や性格の原因をどこへ持つて行つたらいゝか、その詮索《せんさく》をするのさへいま/\しいほど、心を不快に底から攪《か》き廻された。いまから考へると多分の嫉妬《しっと》もあつたやうに思ふ。さういふ険《けわ》しい石火《いしび》を截《き》り合つて、そこの裂目《さけめ》から汲《く》まれる案外甘い情感の滴り――その嗜慾《しよく》に雪子は魅惑を感じた。雪子の細胞には、他人のさういふ仕打ちの底の心理を察して羨《うらや》むだけの旧家《きゅうか》育ちの人間によくある、加虐性も被虐性も織り込まれてゐた。
弟はたうとう兄の薄皮の手首を、女のやうにじーつと抓《つね》つた。兄は真赤に顔を歪《ゆが》めてそれを堪へてゐた
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