が来て二月ほどしたある日、弟の梅麿はかの女の部屋に来てゐた兄のところへ珍しく入つて来て、
「兄さん、僕に出して呉《く》れた着物、綻《ほころ》びが切れてるぢやないか」
と袂《たもと》をあげて脇を見せた。
すると兄ははら/\しながら、美しく重圧して来る弟の黒い瞳に堪へないやうに眼を伏せて目蓋《まぶた》をぴり/\させ、
「だつて、いま、婆《ばあ》やも女中も使ひに出しちやつてゐないんだから仕方がないよ」
すると梅麿は苦いものに内部から体を縒《よ》ぢ廻されるやうに憂鬱《ゆううつ》な苦悩を表情に見せて、
「もう浴衣《ゆかた》でなきや暑くて、お父さんにいひつかつた庭の盆栽へ水をやりに行けないぢやないか――兄さん自分で縫つてお呉《く》れよ」
兄の不甲斐《ふがい》ない性質に対する日頃の不満と、この弟を凝《こご》つた瑩玉《えいぎょく》のやうに美しくしてゐる生れ付き表現の途《みち》を知らない情熱と、生命力の弱いものに対しては肉親でも奴隷《どれい》のやうに虐《しいた》げて使つてしまふ親譲りのエゴイズムとが、異様で横暴な形を採つて兄に迫つた。
兄は困つたやうな情けないやうな表情をして、突き付けられた浴衣
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