《ゆかた》に近寄つて行つた。
 しかし、傍に雪子のゐるのを見ると、薄い乾いた下唇をちよつと舌の先で湿らしてから、兄はにやりと笑つた。
「無理をいふなよ――だめだよ。男になんか、縫へなんて……」
 そして腕組みをして昂然《こうぜん》とした態度を作つた。それには不自然なところがあつた。兄はありたけの勇を揮《ふる》つて弟の瞳に睨《にら》み合つた。
 雪子の立場が切ないものになつて来た。雪子は彼女の箪笥《たんす》の観音開きから急いで針道具を取出して来て、弟の持つてゐる浴衣に手をかけた。
「何でもありませんわ。あたし縫つてあげますわ」
 すると、梅麿は浴衣を雪子の手からすつと外《は》づして、なほ兄に向つていつた。
「兄さん縫つてお呉れよ。いつもうまく縫ふぢやないか」
 兄は赤くなつた。弟は兄になほも迫つた。場合によつては平気で、兄が雪子に聞かれて、もつと顔を赤くしさうな暴露の意地悪さを用意して、ぜひ兄に縫はせないでは置かない気配を示した。そこにはまた、雪子といふ第三者が入り込むのを潔癖《けっぺき》に嫌ふいこぢさ[#「いこぢさ」に傍点]もあつた。
 雪子は弟が肉親の兄に対する執拗《しつよう》な残忍
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