と過ぎたくらゐの年頃を我儘三昧《わがままざんまい》に暮さうと決めてしまつた。恐るべきエゴイストの墓標のやうな人間であつた。
 Yの権高《けんだか》な気風と、徹底した利己主義に、雪子はやゝ超人的な崇高な感じは受けたが、下町娘の持つ仁侠《にんきょう》的な志気はYにひどい反抗と憎みを持つた。あはよくば、Yが寵愛《ちょうあい》してゐる弟息子を奪つて、父の傲慢《ごうまん》の鼻を明かしてやらうとさへヒステリカルに感じた。
 兄の息子は、膨れ目蓋《まぶた》のしじゆう涙ぐんでゐるやうに見える、皮膚の水つぽい青年だつた。女のことで一度|落度《おちど》があつたといふ噂《うわさ》だが、しかしそのことが原因ばかりでもない蔭の人の性分を十分持つてゐて、父や弟から、身内と召使ひとの中間の人間に扱はれ、雇人《やといにん》に混つて、自然にこの別寮の家扶《かふ》のやうな役廻りになつてゐた。しかし、見かけほど悲劇的な性格もなく、どこかのん気で愚《おろか》なところがあつて、情操的にものを突き詰めては考へられなく、萍《うきくさ》の浮いたところがあつた。


 母のゐないこの別寮で、兄の鞆之助は主婦のやうな役目にもなつた。雪子
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