じなひ》」だといつて、活け剰りの花を口に銜へ、腰に手を当てゝ、映画に出て来るジヨルヂユ・サンドのやうな気取つた恰好で濶歩するのが一時流行つて、やがて廃れたが――。
 桂子は坂の上り口から雨上りの人少なの一筋道に遠見がついて、その両側に邸宅が稀で、新旧の商家がずらりと、行人に対して好奇心に貪慾な大小の口のやうな店先を開けて待ち受けてゐるのを見渡すと、今更たぢろぐ思ひが湧く。小布施へ通ふ桂子の噂がこゝらに一ぱい拡がつてゐるのを、かねて桂子は知つてゐた。桂子を敵視する同業者の家もあつた。ふと、あのK――女史が書いて呉れた詞句のやうに、花の茎でもぎつちり糸切歯と糸切歯の間に噛み締めて歩いて行くなら、この惧れに堪へられさうに思へた。一時の間でも花に離れてはならない。彼女は肩を一つ揺つて、また、肉体の雄勁な感覚から自信を取り出して、真直ぐに歩きだした。


 入口に俥止の杭が打つてある、質素な住宅地の太く通つてゐる筋の道路を右に切れ込んだ角から二軒目に、小布施の住居があつた。下は日本間になつてゐて、二階は画室になつてゐた。
 金目《かなめ》黐垣の抽き過ぎて出た芽を、二つ三つ摘み捨てゝ、松材の門の扉
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