無理にぐん/\上りの坂にかゝると、自分の優秀な肉体が、自分の肉体の優秀なのを足駄を踏みかけて行く両股の上に力強く感じた。男と同じほどの背丈があり、それに豊かな白い脂肉が盛りついてゐる自分を崩折れさすわけにはゆかないと、気持が立ち直つて来る。
坂を上り切つて、晴れかゝる春先の陽の下の町の屋根々々を見返つたときには、桂子の気分の悲惨な蝕斑は薄れて、腹痛の癒りかけたときのやうな感謝すべき、ほつとした気持になつた。笑ひ度いやうな痛痒い鈍痛だけがかすかに残る。するとほの/″\とした野心的《アンビシアス》なものが頭を擡げた。
「苦しい人生をせめて花で慰め度い。私の花を溢らせ度い……。せめてこの都にだけでも一ぱいに……」
桂子の人生に対する愛撫に似たものが、野心に張り拡げられて、蝋銀色のうすものゝ翼となつて、陽炎の立ちかけてゐる大東京の空を軽く触れ去るやうに感じた。
桂子は巴里の美術服装家マレイ夫人に招聘されて六年間の仏蘭西滞在中、ロンドン在留同胞有志の懇望で、海一つ越えて一ヶ月程活花を教へに行つた。夜は毎夜露き出しの夜会服の背中を寒がりながら、シーズンの演劇を見て廻つた。一流劇場のクイーン座
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