に膠質の青臭い匂ひを強く立てた。桂子は針の形をしてゐながら、色も姿も赤子のやうに幼い棘の新芽を、生意気にも可愛らしく思つた。
「刺すなら刺してご覧。」
桂子は、指紋の渦が緻密で完全に巻いてゐる人差指を伸して、棘の尖を押した。
新芽の棘は軽い抵抗を示しながら、ふによ/\と撓んだ。強く押すと芽の腹の皮の外側は、はち切れさうになり、内側は皺が寄つた。するとその芽が切なく叫んだやうに、赤子の泣き声が桂子の耳の奥に幻聴を起させた。桂子は指を引込めた。
三十八の女盛りでありながら、子供一人生まなかつたことが、時々自分に責められた。幾人か生んでゐべき筈の無形のこどもの泣声だけが、とき/″\耳についた。今まで数多くうけた処生上の迫害やら脅迫から桂子はいくらか被害妄想にかゝつてゐて、幻想や幻覚はしよつちゆうあつた。桂子は気分を襲つて来た悲惨な蝕斑に少し堪らなくなつて、駆け出して少女のやうに小布施のアトリヱへ転げ込んで、年下の男の友人に何かおいしいものでも喰べさして貰はなければ慰み切れない辛い気持になつた。ごくりと唾を呑むと涙がほろ/\とこぼれた。だが、ふと陽がさしてゐるのに気がついて蛇の目を窄め、
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