いしたこともないさ」
 蒼冥と暮れ行く薄暮の裡に、中庭は神秘的に燻んで来た。
「兎に角、人間終末には枯淡な東洋趣味がいゝよ。あつさりしてゐて」
 桂子は余りに多く、余りに一時に攪拌された心を始末しかねて、言葉少なに電灯をつけ、そこらの食器を片付けて、持つて来た金包みを小布施の敷布団の枕の下へ押し込み、
「兎に角、せん子を当分こつちへ世話に寄越しときませう。またお医者でも代へて見て、さうむやみに命を諦めちまふものでもありません」といつて画房を出た。
 桂子は座敷を出しなに、ぐたりと寝てゐる小布施の人並以上の立派な身体をふり返つて、眼を抑へた。


 桂子は自分の講習所の開所五周年記念の大会が、十日ほど先の花の盛りの時分に、Q――芸館で開かれることになつてゐたので、桂子は同業への補助出品の依頼やら、挨拶やら、自分と弟子達の作品の仕掛けの工夫やらで、眼も廻るほど忙しかつた。
 桂子からして疑へば、このQ――芸館を借りることに就いて、既に約定されてゐたものを反対側の連中の策謀と思はれる力で、貸すとか貸さぬとか、開会ももう十日程の目睫に迫つて、故障が持ち上つた。理由はこの芸館で、まだ生花の会をや
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