るものだ」
 かう云はれて見ると、桂子はたつたさつき坂の上で、都会の屋根々々を見渡して、思はず自分が拡充させた蝋銀色の翼の幻覚を思ひ出した。そしてあの意慾や感情と同じ系統のものが、小布施に送つた絵葉書の一端の通信文からも覚知されたのではなからうか――桂子は小布施の露はな指摘に逢つて、つい今しがたの坂の下での幻想も、何となく恥しいものに思はれた。でも、眼の前の小布施には一種の応戦的な調子になつた。
「それならそれでいゝぢやないの」
 小布施はだん/\興奮して来たのを、圧へられないやうに、
「東洋人が東洋人に還つたと自覚したこの頃の僕は、落着いて何でも明かに見えるやうな気がして来たんだ。そこで更に君に就いての穿つた観察を下して見ると、君は昔のあのとき自分の作品を攻撃されて、興奮して反撥して、そこで縋りついて行つたものが、家業の活花であつたればこそ、今日までの半生を花に忠実に仕へて来た。あの時、もし縋りつく目標に君のお父さんの家業の活花といふものが全然なくつて、一箇の男性が代つてその位置に立つてゐたとしたら、娘桂子は今日までの花に対する情熱と貞操を、その男性に注いで来たに違ひないと思ふのだよ
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