――僕が二十で君が確か二十二のときだつたね。君が初めて想像で描いて来た理想画を僕がうつかり罵つたら、君が二三日欝ぎ込んで考へてゐたが、突然Y先生の前へ行つて、私は絵を生きた花で描き度うございます、絵の具では物足りません。さう云ひ切つてパレツトを割つて仕舞つた」
 桂子はそこまで聞いて、その当時のそのまゝの事をはつきり憶ひ出した。
 当然恋人同志になりかけてゐた二人の仲が、そんな経緯で変に醗酵せず、友情の方へ逸れて仕舞つたのではあるまいか――そして、華道の家元の父親の家へ戻つて、桂子は生花に取りつき出した。娘は[#「は」に「ママ」の注記]その時の執念が、こんなに沢山の絵葉書の通信文の殆ど一つ一つにも一貫して通つてゐる、と小布施は今さらアルバムを桂子の前へ押しつけて云ふのである。
「私いち/\そんなことを意識して絵葉書送らなかつたわ」
「ならいゝかい。ところ/″\読んでみようか。そらこゝに前衛派的な芸術論がちよつと書いてあり――それから、この芸術理論は私の活花芸術にも立派に応用されるのです。とにかく、私は私で私の理論性でも感情性でも凡て私の全生命を表現しなければなりません――ね、それ歴々た
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