姿は、河面に蓋《ふた》をした広い一面板に撒《ま》き散《ちら》した箱庭の人形のように見えた。船夫たちは口々に何やら判らない言葉で怒鳴った。舷《ふなばた》で米を炊いでいる女も、首を挙げて怒鳴った。水上警察の巡邏船《じゅんらせん》が来て整理をつけた。
娘は滅多に来ないで、小女のやま[#「やま」に傍点]というのが私の部屋の用を足した。私はその小女から、帆柱を横たえた和船型の大きな船を五大力ということだの、木履《ぽっくり》のように膨れて黒いのは達磨《だるま》ぶねということだの、伝馬船《てんません》と荷足《にた》り船《ぶね》の区別をも教えて貰った。
しかし、そんな智識が私の現在の目的に何の関りがあろう。私が書いている物語の娘に附与したい性格を囁《ささや》いて呉《く》れそうな一光閃《いちこうせん》も、一陰翳《いちいんえい》もこの河面からは射《さ》して来ない。却《かえ》ってだんだん川にも陸の上と同じような事務生活の延長したものが見出されて来る。私がこういう部屋を望んだ動機がそもそも夢だったのだろうか。
すでにこの河面に嫌厭《けんえん》たるものを萌《きざ》しているその上に、私はとかく後に心を牽《ひ
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