か》れた。何という不思議なこの家の娘であろう。この娘にも一光閃も、一陰翳もない。ただ寂しいと云えばあまりに爛漫として美しく咲き乱れ、そして、ぴしぴし働いている。それがどういう目的のために何の情熱からということもなく快闊《かいかつ》そのものが働くことを藉《か》りて、時間と空間を鋏《はさ》み刻んで行くとしか思えない。内にも外にも虚白なものの感じられるのを、却って同じ女としての私が無関心でいられる筈《はず》がなかった。
娘はその後、二度程私の部屋に来た。一度は「ほんとに気がつきませんで……」といって、三面鏡の化粧台を店員たちに運ばせて、程よい光線の窓際に据《す》えて行った。一度は漢和の字引をお持ちでしたらと借りに来て、私がここまでは持って来ないのを知り、「お邪魔いたしましたわ」といってあっさり去った。
私がまだ意識の底に残している、娘と何等かの関係ありそうな海好きの店員のことも、娘は忘れたかのように、すこしの消息も伝えない。私の多少当が外れた気持ちが、私がこの家へ出入のときに眼に映る店先での娘の姿や、窓越しに見る艀板《はしけいた》の上の娘の姿にだんだん凝って行くのであった。私の仕事鞄《し
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