ごとかばん》は徒《いたずら》に開かれて閉されるばかりである。
私はだいぶ慣れて来た小女のやま[#「やま」に傍点]に訊いてみた。
「お嬢さんはどういう方」
するとやま[#「やま」に傍点]は難かしい試験の問題のようにしばらく考えて、
「さあ、どういう方と申しまして……あれきりの方でございましょう」
私はこのませ[#「ませ」に傍点]た返事に微笑した。
「この近所では亀島河岸のモダン乙姫《おとひめ》と申しております」
私の微笑は深まった。
「他所《よそ》へお出になることがあって」
「滅多に、でも、お買ものの時や、お店のお交際《つきあ》いには時たまお出かけになります」
「お店のお交際いというと……」
私は娘の活動範囲が、そこまで圏を拡《ひろ》げているのに驚ろいた。
「よくは存じませんですが、組合のご相談だの、宴会だの。きょうも船の新造卸しのお昼のご宴会に深川までお出かけになりましたが……」
その夕方帰り仕度をしている私の部屋の前で、娘の声がした。
「まだお在《い》でになりまして」
盛装して一流の芸者とも見える娘。娘に「ちょっと入って頂戴《ちょうだい》」と云われて、そのあとから若い芸
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