えられた。 
 私は何だか来てしまって見ると、期待したほどの慾も起らない河面の景色を、それでも好奇心で障子を開けてみた。硝子戸《ガラスど》を越して、荷船が一ぱい入って向うの岸は見えない。その歩《あゆ》び板の上に、さき程の娘は、もう水揚げ帳を持って、万年筆の先で荷夫たちを指揮している姿が眺められた。


 私は毎日河沿いの部屋へ通った。叔母と一緒に昼飯を済ませ、ざっと家の中を片付けて、女中に留守中の用事を云いつけてから出かけた。化粧や着物はたいして手数がかからなかった。見られる同性というならば、あの娘ぐらいなもので、その娘は他人に対するそういう詮索《せんさく》には全然注意力を持たないらしかった。それは私を気易くさせた。
 この宿の堆朱《ついしゅ》の机の前に座って、片手を小長火鉢の紫檀《したん》の縁に翳《かざ》しながら、晩秋から冬に入りかける河面を丸窓から眺めて、私は大かた半日同じ姿勢で為すことなく暮した。
 河は私の思ったほど、静かなものではなかった。始終船が往き来した。殊に夕暮前は泊りの場所へ急ぐ船で河は行き詰った。片手に水竿《みずざお》を控え、彼方此方に佇《たたず》んで当惑する船夫の
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