、自分たちの遠い旅をほのぼのと懐かしませる。私は生洲から上げたばかりという生け鱸《すずき》の吸ものの椀《わん》を取上げて、長汀曲浦《ちょうていきょくほ》にひたひたと水量を寄せながら、浜の椰子林をそのまま投影させて、よろけ縞《しま》のように揺らめかし、その遙かの末に新嘉坡の白亜の塔と高楼と煤煙《ばいえん》を望ましている海の景色に眼を慰めていた。だが、心はまだしきりに今朝ジョホール河の枝川の一つで、銃声に驚いて見張った私達の瞳孔《どうこう》に映った原始林の厳《おごそ》かさと純粋さを想《おも》い起していた。それはひどく心を直接に衝《う》った。何か人間にその因習生活を邪魔なものに思わせ、それを脱ぎ捨て度《た》い切ない気持ちにさせた。そしてその原始の自然に食い込んで生活を立てて行く仕事が、何の種類であれ、人間の生きる姿の単一に近いものであるように考えさせられた。始終自然から享《う》ける直接の豊饒《ほうじょう》な直観に浸れもしよう。
「二万円の護謨園《ゴムえん》をお買いになれば、年々その収益で、こっちへ休暇旅行ができますね。どうです」
 座興的であったが若い経営園主がゆうべ護謨園で話の序《ついで》
前へ 次へ
全114ページ中88ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング