て、流れの中に岩石がある。
「あすこによく鰐《わに》の奴が、背中を干しているのだが、……」と事務員の一人が指したが、そのすぐあと、艫《とも》の方にいた事務員がいった。
「こっちこっち、あすこにいます」
濁った流れの中に、黒っぽいものが、渦を水に曳《ひ》いて動くのが見えた。また、その周囲にそれも生きものが泳ぐのかと思われるほどの微《かす》かな小さい渦が見える。
「は は は 子供を連れとる」
私の気持ちはというと、この原始の自然があまりに、私たちの自然と感じ慣れているものより差違があり、この現実が却《かえ》って、百貨店の催しものの、造り庭のように見え、この南洋風景図の背景の前に、鰐《わに》がいるのは当然の趣向に見え、もう少し脅《おび》えたい気持ちをさえ自分に促した。鰐に向ける銃声の方が本当の鰐に対するより却って私たちを驚かした。鰐は影を没した。
「鉄砲の音は痛快ね」と娘はいって、しきりに当もなく発砲して貰った。
「あなた方内地の女性に向って、ふだん考え溜《た》めていたことを、話し出せそうな緒口《いとぐち》が見つかったようになって、お訣《わか》れするのは惜しいものです」と若い経営主はい
前へ
次へ
全114ページ中85ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング