3水準1−92−46]《やわら》かさと匂《にお》いがあった。指ほどの長さでまるまると肥っている、野生のバナナは皮を剥《は》ぐと、見る見る象牙色《ぞうげいろ》の肌から涙のような露を垂らした。柿の型をした紫の殻を裂くと、綿の花のような房が甘酸く唇に触れるマンゴスチンも珍らしかった。
「ドリアンがあると、こっちへいらっした紀念に食べた果ものになるのですがね。生憎《あいにく》と今は季節の間になっているので……。僕等には妙な匂いで、それほどとも思いませんが、土人たちは所謂《いわゆる》、女房を質に置いても喰《く》うという、何か蠱惑的《こわくてき》なものがあるんですね」若い経営主は云った。
「南洋の果ものには、ドリアンばかりでなく、何か果もの以上に蠱惑的なものがあるらしいです。ご婦人方の前で、そう云っちゃ何ですが、僕等だとて独身でこんなとこへ来て、いろいろの煩悩も起ります。けれどもそういうものの起ったとき、無暗にこれ等の豊饒《ほうじょう》な果ものにかぶりつくのです。暴戻《ぼうれい》にかぶりつくのです。すると、いつの間にか慰められています。だから手元に果物は絶やさないのです」
 若い経営主は紫色の花だ
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