は止まらないものであった。
何がそうその男を苦しめて、陸の生活を避けさせ、海の上ばかり漂泊さすのか。
ひょっとしたら、他に秘密な女でもあって、それに心が断ち切れないのではあるまいか。
或は、この世の女には需《もと》め得られないほどの女に対する慾求を、この世の女にかけているのではあるまいか。
或は、生れながら人生に憂愁を持つ、ハムレット型の人物の一人なのではあるまいか。
女のよきものをまだ真に知らない男なのではあるまいか。
こういうことを考え廻《めぐ》らしている間に、憐《あわれ》な気持ち、嫉妬《しっと》らしい気持、救ってやり度《た》い気持ち、慰めてやりたい気持ち、詰《なじ》ってやり度い心持ち、圧し捉《つか》まえてやり度い心持ちが、その男に対してふいふいと湧《わ》き出して来て、少し胸が苦しいくらいになる。恐らくこれは当事者の娘が考えたり、感じねばならないことだろうにと、私は私の心の変態の働きに、極力用心しながら、室内の娘を見ると、いよいよ鮮かに何の屈托《くったく》もない様子で、歌留多《カルタ》の札を配っている。私はふと気がついて、
「あの女は、自分の愛の悩みをさえ、奴隷に代って
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