や強く当る。欄干の下に花壇もあるらしい。百合《ゆり》と山査子《さんざし》の匂いとだけ判って、あとは私の嗅覚《きゅうかく》に慣れない、何の花とも判らない強い薬性の匂いが入れ混って鬱然《うつぜん》と刺戟《しげき》する。
 私と社長は、その凌霄花の陰のベランダで、食後の涼をいつまでも入れている。娘は食後の洗物を手伝って、それから蓄音機をかけて、若い事務員たちのダンスの相手をしてやっていたが、疲れた様子もなく、まだ興を逐《お》うこの僻地に仮住する青年たちのために、有り合せの毀《こわ》れギターをどうやら調整して、低音で長唄《ながうた》の吾妻八景《あずまはっけい》かなにかを弾いて聞かしている。若い経営主もその仲間に入っている。
 ここへ来てからの娘の様子は、また、私を驚かした。経営主の他、五六人居る邦人の事務員たちは、私たちの訪問を歓迎するのに、いろいろ心を配ったようだが、突然ではあり、男だけで馬来人を使ってする支度だけに、一向|捗《はか》どらず、私たちの着いたとき、まだ途惑っていた。それと見た娘は
「私もお手伝いさせて頂きますわ」
 と云ったきり、私たちから離れて、すっかり事務所の男達の中に混り
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