の狭い井の口から広大に眺められる今宵《こよい》の空の、何と色濃いことであろう。それを仰いでいると、情熱の藍壺《あいつぼ》に面を浸し、瑠璃色《るりいろ》の接吻《せっぷん》で苦しく唇を閉じられているようである。夜を一つの大きな眼とすれば、これはその見詰《みつ》める瞳《ひとみ》である。気を取り紛らす燦々《さんさん》たる星がなければ、永くはその凝澄《こりすま》した注視に堪えないだろう。
 燦々たる星は、もはやここではただの空の星ではない。一つずつ膚に谷の刻みを持ち、ハレーションを起しつつ、悠久に蒼海《そうかい》を流れ行く氷山である。そのハレーションに薄肉色のもあるし、黄薔薇色《きばらいろ》のもある。紫色が爆《は》ぜて雪白の光茫《こうぼう》を生んでいるものもある。私は星に一々こんな意味深い色のあることを始めて見た。美しい以上のものを感じて、脊椎骨《せきついこつ》の接目《つぎめ》接目《つぎめ》に寒気がするほどである。
 空地の真中から、草葺きのバンガローが切り拓かれた四方へ大ランプの灯の光を投げている。
 その光は巻き上げた支那簾《しなすだれ》と共に、柱や簾に絡んでいる凌霄花《のうぜんかずら》にや
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