に見えた。その電車は床の上に何本かの柱があって風通しの為《た》めに周りの囲い板はなく僅《わずか》に天蓋《てんがい》のような屋根を冠っているだけである。癒《いや》し難い寂しい気持ちが、私の心を占める。
「ここは新嘉坡の銀座、ハイ・ストリートといいます」
と社長にいわれて、二つ三つの店先に寄り衣裳《いしょう》の流行の様子を見たり、月光石《ムーンストーン》の粒を手に掬《すく》って、水のようにさらさら零《こぼ》しながらも、それは単なる女の習性で、心は外に漠然としたことを考えていた。
「この娘を首尾好く、その男に娶《そ》わすことが出来たとしても、それで幸福であるといえるだろうか。」
けれども、そう思う一方にまた、私は無意識のうちに若者と娘が暫《しばら》く茲《ここ》に新住宅でも持つであろうことを予想してしきりに社長に頼むのだった。
「ここに住宅地のようなものでもありますなら見物さして頂きたいのですが」
その晩、私たちをホテルまで送って来た社長は帰り際に「そうだ、護謨園《ゴムえん》の生活を是非見て貰わなくちゃ、――一晩泊りの用意をしといて下さい」
と云って更に、
「そりゃ、健康そのもので
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