ぬいぬい立っている。
「橋が好きなら、この橋のもう一つ上のさっき渡って来た橋、あれをよく覚えときなさい。あの橋から南と北に大道路が走っていて、何かと基点になっています。もしはぐれて迷子になったら、あの橋詰に立っていなさればよい、迎いに行きますよ」社長はこんな冗談を云った。
官庁街の素気なく白々しい建物の数々。支那街の異臭、雑沓《ざっとう》、商業街の殷賑《いんしん》、私たちはそれ等を車の窓から見た。ここまで来る航行の途中で、上海《シャンハイ》と香港《ホンコン》の船繋《ふながか》りの間に、西洋らしい都会の景色も、支那らしい町の様子もすでに見て来た。私たちはただ南洋らしい景色と人間とを待ち望んだ。しかし、道で道路工事をしている人々や、日除《ひよ》け付きの牛車を曳《ひ》いている人々が、どこの種族とも見受けられない、黒光りや赫黒《あかぐろ》い顔をして眼を炯々《けいけい》と光らせながら、半裸体で働いている。躯幹《くかん》は大きいが、みな痩《や》せて背中まで肋骨《ろっこつ》が透けて見える。あわれに物凄《ものすご》い。またそれ等の人々の背を乗客席に並べて乗せた電車が市中を通ると、地獄車のように、異様
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