すよ」
 あくる朝、まず、社長がホテルに迎えに来て、揃《そろ》ってサロンで待っていると、大型の自動車が入って来た。操縦席から下りたヘルメットの若い紳士を、社長は護謨園の経営主だと紹介した。
「電話でよく判らなかったが……」
 と経営主は云ってから、次に、私たちに
「いらっしゃい。鰐《わに》ぐらいは見られます」
 と気軽に云った。
 車は町を出て、ジョホール街道を疾駆して行った。速力計の針が六十五|哩《マイル》と七十哩の間をちらちらすると、車全体が唸《うな》る生きものになって、広いアスファルトの道は面前に逆立ち、今まで眼にとまっていた榕樹の中の草葺《くさぶ》きの家も、椰子林《やしりん》の中の足高の小屋も、樹を切り倒している馬来人《マレイじん》の一群も、総て緑の奔流に取り込められ、その飛沫《ひまつ》のように風が皮膚に痛い。大きな歯朶《しだ》や密竹で装われている丘がいくつか車の前に現れ、後に弾んで飛んで行く。マークの付いている石油タンクが乱れた列をなして、その後にじりじりと展転して行く。
「イギリス海軍用のタンク」
 水が見える。綺麗《きれい》な可愛《かわい》らしい市が見える。ジョホール海峡
前へ 次へ
全114ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング