のを、盛装した馬来人《マレイじん》のボーイに差出されて、まず食慾が怯《おび》えてしまったことを語った。中老人は快げに笑って、
「女の方は大概そう云いますね。だがあの中には日本の乾物のようなものも混っていて、オツ[#「オツ」に傍点]なものもありますよ。慣れて来ると、そういう好みのものだけを選めば、結構食べられますよ」
こんなことから話を解《ほご》し始めて、私たちは市中で昼食後の昼寝時間の過ぎるのを待った。
叔母はさすがに女二人だけの外地の初旅に神経を配って、あらゆる手蔓《てづる》を手頼って、この地の官民への紹介状を貰って来て私に与えた。だが、私はそれ等を使わずに、ただ一人この中老人の社長を便宜に頼んだ。それは次のような理由で未知であった社長を既知の人であったかのようにも思ったからである。
私が少女時代、文学雑誌に紫苑という雅号で、しきりに詩を発表していた文人があった。その詩はすこぶるセンチメンタルなものであって、死を憧憬し、悲恋を慟哭《どうこく》する表現がいかに少女の情緒にも、誇張に感じられた。しかもその時代の日本の詩壇は、もはやそれらのセンチメンタリズムを脱し、賑《にぎ》やかな官
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