りますからね。きょうは、何処か外へ出て、気をさっぱりさせてから、本当にご相談しましょう」
 河岸には二人並んで歩ける程、雪掻《ゆきか》きの開いた道が通り、人の往来は稀《まれ》だった。


 二歳のとき母に死に訣《わか》れてから、病身で昔ものの父一人に育てられ、物心ついてからは海にばかりいる若い店員のつきとめられない心を追って暮らす寂しさに堪え兼ねた娘は、ふと淡い恋に誘われた。
 相手は学校へ往き来の江戸川べりを調査している土俗地理学者の若い紳士であった。この学者は毎日のように、この沿岸に来て、旧神田川の流域の実地調査をしているのであった。
 河の源は大概複雑なものだが、その神田川も多くの諸流を合せていた。まず源は井頭池から出て杉並区を通り、中野区へ入るところで善福寺川を受け容《い》れ、中野区淀橋区に入ると落合町で妙正寺《みょうしょうじ》川と合する。それから淀橋区と豊島区と小石川区の堺の隅を掠《かす》めて、小石川区|牛込《うしごめ》区の境線を流れる江戸川となる。飯田橋橋点で外濠《そとぼり》と合流して神田川となってから、なお小石川から来る千川を加え、お茶の水の切り割りを通って神田区に入り、
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