漲《みなぎ》り溢《あふ》れている。床と云わず、四方の壁と云わず、あらゆる反物の布地の上に、染めと織りと繍《ぬ》いと箔《はく》と絵羽《えば》との模様が、揺れ漂い、濤《なみ》のように飛沫《ひまつ》を散らして逆巻き亘《わた》っている。徒《いたず》らな豪奢《ごうしゃ》のうすら冷い触覚と、着物に対する甘美な魅惑とが引き浪のあとに残る潮の響鳴のように、私の女ごころを衝《う》つ。
開かれた仕切りの扉から覗かれる表部屋の沢山の箪笥《たんす》や長持の新らしい木膚を斜に見るまでもなく、これ等のすべてが婚礼支度であることは判《わか》る。私はそれ等の布地を、転び倒れているものを労《いたわ》り起すように
「まあ、まあ」と云って、取上げてみた。
生地は紋綸子《もんりんず》の黒地を、ほとんど黒地を覗かせないまで括《くく》り染の雪の輪模様に、竹のむら垣を置縫いにして、友禅と置縫いで大胆な紅梅立木を全面に花咲かしている。私はすぐ傍にどしりと投げ皺《しわ》められて七宝配《しっぽうくば》りの箔が盛り上っている帯を掬《すく》い上げながら、なお、お納戸色《なんどいろ》の千羽鶴《せんばづる》の着物や、源氏あし手の着物にも気を
前へ
次へ
全114ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング