窪《なかくぼ》みに見えた。顎《あご》が張り過ぎるように目立った。いつもの美しい眼と唇は、定まらぬ考えを反映するように、ぼやけて見えた。
 娘は唇の右の上へ幼稚で意地の悪い皺《しわ》をちょっと刻んだかと見えたが、ぼやけていたような眼からは、たちまちきらりとなつかしそうな瞳《ひとみ》が覗き出た。
「…………」
「…………」
 感情が衝《つ》き上げて来て、その遣《や》り場をしきりに私の胸に目がけながら、腰の辺で空に藻掻《もが》かしている娘の両方の手首を私は握った。私は娘にこんな親しい動作をしかけたのは始めてである。
「何でも云って下さい。関《かま》いません」
 私のこの言葉と、もはや、泣きかかって、おろおろ声でいう娘の次の言葉とが縺《もつ》れた。
「あなたを頼りに思い出して、あたくしは……却《かえ》って気の弱い……女に戻りました」
 そして、どうかこれを見て呉《く》れと云って、始めて私をカーテンの内部へ連れ込んだ。
 東の河面に向くバルコニーの硝子扉《ガラスとびら》から、陽が差込んで、まだつけたままのシャンデリヤの灯影《ほかげ》をサフラン色に透き返させ、その光線が染色液体のように部屋中一ぱい
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