ま」に傍点]は俄《にわか》に思いついたように、
「ああそうでしたっけ、お嬢さんが今日あなたがいらしったら、お二階へおいで願うように申し上げて呉れと先程お部屋へ入るまえに仰いました」
やまはここまで云って、また躊躇《ちゅうちょ》するように、
「でも、お仕事お済ましになってからでないとお悪いから、それもよく伺って、ご都合の好い時に……って……」
私は一まずやま[#「やま」に傍点]を店の方へ帰して、一人になった。
河の水は濃い赤土色をして、その上を歩いて渡れそうだ。河に突き墜《おと》された雪の塊が、船の間にしきりに流れて来る。それに陽がさすと窈幻《ようげん》な氷山にも見える。こんなものの中にも餌《えさ》があるのか、烏が下り立って、嘴《くちばし》で掻《か》き漁《あさ》る。
烏の足掻《あしが》きの雪の飛沫《ひまつ》から小さな虹が輪になって出滅する。太鼓の音が殷々《いんいん》と轟《とどろ》く。向う岸の稲荷《いなり》の物音である。
私は一人になって火鉢に手をかざしながら、その殷々の音を聞いていると、妙にひしひしと寂しさが身に迫った。娘の憂愁が私にも移ったように、物憂く、気怠《けだ》るい。そ
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