用向きを話そうとする、その間に私の洋傘を持ち仕事鞄《しごとかばん》を提げている、いくらか旅仕度にも取れる様子を見て取ったらしい娘は
「あ、判りました。部屋をお見せいたすのでしょう」といったが「けれども……あんな部屋」とまた云って私と向う側の貸間札のかかっている部屋の硝子扉を見較《みくら》べた。私はやや失望したが、この娘に対して少しも僻《ひが》んだり気おくれはしない「……あのとにかく見せて頂けないでしょうか」すると娘はまたはっきりした笑顔になり
「では、とにかく、」と云ってそこにある麻裏草履《あさうらぞうり》を突かけて、先に立った。
 三階は後で判ったことだがこの雑貨貿易商である娘の店の若い店員たちの寝泊りにあててあり、二階の二室と地階の奥の一つ、これも貸部屋では無かった。たった一つ空いているといい、私に貸すことの出来るという部屋は、さっき私が覗いた道路向きの事務室であった。
 私が本意なく思って、「書きもののための計画」のことを少し話してみると、娘はちょっと考えていたが
「よろしゅうございます。じゃ、こちらの部屋をお貸しいたしましょう」と更《あらた》めて決心でもした様子でそれと背中合せ
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