る店員に、理由を話して訊《たず》ねて見た。するとその店員は家の中へ向って伸び上り、「お嬢さーん」と大きな声で呼んだ。
 九曜星の紋のある中仕切りの暖簾《のれん》を分けて、袂《たもと》を口角に当てて、出て来た娘を私はあまりの美しさにまじまじと見詰めてしまった。頬《ほお》の豊かな面長の顔で、それに相応《ふさわ》しい目鼻立ちは捌《さば》けてついているが、いずれもしたたかに露を帯びていた。身丈も格幅《かっぷく》のよい長身だが滞なく撓《しな》った。一たい女が美しい女を眼の前に置き、すぐにそうじろじろ見詰められるものではない。けれども、この娘には女と女と出会って、すぐ探り合うあの鉤針《かぎばり》のような何ものもない。そして、私を気易くしたのは、この娘が自分で自分の美しさを意識して所作《しょさ》する二重なものを持たないらしい気配いである。そのことは一目で女には判る。
 娘は何か物を喰《た》べかけていたらしく、片袖《かたそで》の裏で口の中のものを仕末して、自分の忍び笑いで、自然に私からも笑顔を誘い出しながら
「失礼いたしました。あの何かご用――」
 そして私がちょっと河岸の洋館の方へ首を振り向けてから
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