るともなく照る底明るい光線のためかも知れない、この一劃《いっかく》だけ都会の麻痺《まひ》が除かれていて、しかもその冴《さ》え方は生々しくはなかった。私はその横道へ入って行った。
 河岸側の洋館はたいがい事務所の看板が懸けてあった。その中の一つの琺瑯質《ほうろうしつ》の壁に蔦《つた》の蔓《つる》が張り付いている三階建の、多少住み古した跡はあるが、間に合せ建ではないそのポーチに小さく貸間ありと紙札が貼《は》ってあった。ポーチから奥へ抜けている少し勾配《こうばい》のある通路の突き当りに水も覗《のぞ》いていた。私はよくも見つけ当てたというよりは、何だか当然のような気がした。望みというものは、意固地《いこじ》になって詰め寄りさえしなければ、現実はいつか応じて来るものだ。私が水辺に家を探し始めてから二ヶ月半かかっている。
 二三度「ご免下さい」と云ったが、返事がない。取り付きの角の室を硝子窓《ガラスまど》から覗くと、薄暗い中に卓子《テーブル》のまわりへ椅子《いす》が逆にして引掛けてあり、塵《ちり》もかなり溜《たま》っている様子である。私は道を距《へだ》てて陸側の庫造《くらづく》りの店の前に働いてい
前へ 次へ
全114ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング