めていた娘の瞳《ひとみ》と睫毛《まつげ》とが、黒耀石《こくようせき》のように結晶すると、そこからしとりしとり雫《しずく》が垂れた。客の私が、却って浮寝鳥に枯柳の腰模様の着物の小皺《こじわ》もない娘の膝《ひざ》の上にハンケチを宛《あ》てがい、それから、鮨を小皿に取分けて、笹の葉を剥《む》いてやらねばならなかった。
 でも、娘は素直に鮨を手に受取ると、一口端を噛《か》んだが、またしばらく手首に涙の雫を垂し、深い息を吐いたのち、
「あたくし、辛い!」と云った。そして私の方へ顔を斜に向けた。
「あたくしは、ときどきいっそのこと芸妓《げいぎ》にでも、女給にでもなって、思い切り世の中に暴れてみようと思うことがありますの」
 それから、口の中の少しの飯粒も苦いもののように、懐紙を取出して吐き出した。
 私は、この娘がそういうものになって暴れるときの壮観をちょっと想像したが、それも一瞬ひらめいて消えた火のような痛快味にしか過ぎないことを想い、さしずめ、「まあそんなに思い詰めないでも、辛抱しているうちには、何とか道は拓《ひら》けて来ますよ」と云わないではいられなかった。


 昨夜から今朝にかけて雪にな
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