れから、これを妹とも思召《おぼしめ》し下すって、叱《しか》っても頂き、お引立てもお願いいたし度《た》いのです。どうぞお願い申します」
 老父は右手の薬煙草《くすりたばこ》をぶるぶる慄《ふる》わして、左の手に移し、煙草盆に差込むと、開いた右の手で何処へ向けてとも判らず、拝むような手つきをした。それは素早く軽い手つきであったが、私をぎょっとさせた。娘も、それにつれて、萎《しお》れたままお叩頭《じぎ》した。
 老父のそこまでの話の持って来方には、衰えてはいるようでも、下町の旧舗《しにせ》の商人の駆け引きに慣れた婉曲《えんきょく》な粘りと、相手の気の弱い部分につけ込む機敏さがしたたかに感じられた。
 私は娘に対して底ではかなり動いて来た共感の気持ちも、老父の押しつけがましい意力に反撥《はんぱつ》させられて、何か嫌あな思いが胸に湧《わ》いた。しかし、
「まあ、私に出来ますことは……」と、かすかな声で返事しなければならなかった。
 電気行灯《でんきあんどん》の灯の下に、竃河岸《へっついがし》の笹巻の鮨《すし》が持出された。老父は一礼して引込んで行った。首の向きも直さず、濃く煙らして、炉炭の火を見詰
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