そうあきらめて私は叔母と共に住む家庭の日常生活を普通に送り乍《なが》ら、その間に旅行案内や地図を漁《あさ》ることも怠らなかった。また四五日休みは続いた。
すると娘から電話がかかって来た。
「その後いらっしゃらないので、この間芸者達とお邪魔したのが悪かったかと思ったりして居りますが……」
声は相変らず闊達《かったつ》だが、気持ちはこまかく行亘《ゆきわた》って響いて来た。
「何も怒ることなぞ、ありませんわ。お休みしたのはちょっと仕事の都合で」
と答えた。
「いかがでございましょう。父がこのごろ天気続きの為めか、身体がだいぶよろしゅうございますので、お茶一つ差上げたいと申しますが、明日あたりお昼飯あがり傍々《かたがた》、いらして頂けないでございましょうか、お相客はどなたもございません。私だけがお相伴さして頂きます」
私はまたしても、河沿いの家の人事に絡み込まれるのを危く感じたが、それよりも、いまの取り止めない状態に於て、過剰になった心にああいう下町の閉された蔵造りの中の生活内部を覗《のぞ》くことに興味が弾んだ。私は招待に応じた。
東京下町の蔵住いの中に、こんな異境の感じのする世
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