るんでしょうけれど」
 すると娘は、俄《にわか》に、ふだん私が見慣れて来た爛漫《らんまん》とした花に咲き戻って、朗に笑った。
「この話は、まあ、この程度にして……こちらさまも一つ話ではお飽きでしょうから」
「そうでございましたわね」と芸妓たちも気がついて云った。
 私は帰る時機と思って、挨拶した。
 河靄《かわもや》が立ち籠めてきた河岸通りの店々が、早く表戸を降している通りへ私は出た。


 三四日、私は河沿いの部屋へ通うことを休んで見た。折角自然から感得したいと思うものを、娘やそのほか妙なことからの影響で、妨げられるのが、何か不服に思えて来たからである。いっそ旅に出ようか、普通通りすがりの旅客として水辺の旅館に滞在するならば、なんの絆《きずな》も出来るわけはない。明け暮れただ河面を眺め乍《なが》ら、張り亘《わた》った意識の中から知らず知らず磨き出されて来る作家本能の触角で、私の物語の娘に書き加える性格をゆくりなく捕捉《ほそく》できるかも知れない。私のこの最初の方図は障碍《しょうがい》に遭《あ》って、ますますはっきり私に慾望化して来た。
 ふと、過去に泊って忘れていたそれ等の宿の情景が
前へ 次へ
全114ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング