》と鳥居が見え、子供が石蹴《いしけ》りしている。
 さすがに話術を鍛えた近頃の下町の芸妓《げいぎ》の話は、巧まずして面白かったが、自分の差当りの作品への焦慮からこんな話を喜んで聞いているほど、作家の心から遊離していいものかどうか、私の興味は臆《おく》しながら、牽《ひ》き入れられて行った。
 ふと年少らしい芸妓が、部屋の上下周囲を見廻《みまわ》しながら
「このお部屋、大旦那《おおだんな》が母屋へお越しになってから、暫《しば》らく木ノ[#「木ノ」に傍点]さんがいらしったんでしょう……」と云った。
 娘は黙ってごく普通に肯《うなず》いて見せた。
「木ノさんからお便りありまして……」と同じ芸者はまた娘に訊《き》いた。
「ええ、しょっちゅう」と娘はまた普通に答えて、次にこの芸妓の口から出す言葉をほぼ予測したらしく、面白そうに嬌然《きょうぜん》と笑ってこんどは娘の方から芸妓の言葉を待受けた。芸妓は果して
「あら、ご馳走《ちそう》さま、妬《や》けますわ」と燥《はしゃ》いでいった。
「ところが、事務のことばかりの手紙で」
 芸妓はこの娘が隠し立てしたり、人を逸《はぐ》らかしたりする性分ではないのを信じ
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