ほどでもないが、廊下のような板敷きへかかると船の傾きを踏み試めすような蛙股の癖が出て、踏み締め、踏み締め、身体の平定を衡《はか》って行くからである。一座の中でひどく酔った連れの一人が洗面所へ行ったが、その帰りに料亭の複雑な部屋のどこかへ紛れ込んで、探しても判らなかった。すると他の連中は、その連れの一人が乗組んでいる船の名を声を揃えて呼んだ。
「福神丸やーイ」
 すると、「おーい」と返事があって、紛れた客があらぬ方からひょっこり現れた。
 ある一軒の料亭で船乗りの宴会があった。少し酔って来るとみな料理が不味《まず》いと云い出した。苦笑した料理方が、次から出す料理には椀《わん》にも焼ものにも塩一つまみずつ投げ入れて出した。すると客はだいぶ美味《おい》しくなったといった。それほど船乗りの舌は鹹味《かんみ》に強くなっている。
 きょうはいい塩梅《あんばい》に船もそう混まないで、引潮の岸の河底が干潟になり、それに映って日暮れ近い穏かな初冬の陽が静かに褪《さ》めかけている。鴎《かもめ》が来て漁《あさ》っている。向う岸は倉庫と倉庫の間の空地に、紅殻色《べんがらいろ》で塗った柵の中に小さい稲荷《いなり
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