みると、私に決めた部屋はすっかり片付いていて、丸窓の下に堆朱《ついしゅ》の机と、その横に花梨胴《かりんどう》の小長火鉢まで据えられていた。
 そこへ娘は前の日と同じ服装で、果《くだ》もの鉢と水差しを持って入って来た。
「どういうご趣味でいらっしゃるか判りませんので、普通のことにして置きましたが、もし、お好きなら古い書画のようなものも少しはございますし……」
 そこで果物鉢を差出して
「こういうふうなものなら家の商品でまだ沢山ございますからご遠慮なく仰《おっしゃ》って下さいまし」
 果物鉢は南洋風の焼物だし中には皮が濡色《ぬれいろ》をしている南洋生の竜眼肉《りゅうがんにく》が入っていた。
 私はその鉢や竜眼肉を見てふと気付いて、
「お店は南洋の方の貿易関係でもなすっていらっしゃるのですか」と訊《き》いた。
「はあ、店そのものの商売は、直接ではございませんが、道楽と申しましょうか、船を一ぱい持って居りまして、それが近年、あちらの方へ往き来いたしますので……」
 娘の父の老主人はリョウマチで身体の不自由なことでもあり、気も弱くなって、なるたけ事業を縮小したがっている。しかし、店のものの一人に、強情に貿易のことを主張する男がいる。その男は始終船に乗って海上に勤め、そして娘は店で老主人の代りに、手別《てわ》けして働いている。娘は簡潔に家の事情をここまで話した。そして、その船貿易を主張する店のもののことに就《つ》いて、なおこう云って私の意見を訊いた。
「その男の水の上の好きなことと申しましたら、まるで海亀か獺《かわうそ》のような男でございます。陸へ上って一日もするともう頭が痛くなると申すのでございます。あなたさまは物をお書きになって、いろいろお調べでございましょうが、そんな性質の人間もあるのでございましょうか」
 と云ったが、すぐ気を変えて、「まあ、お仕事始めのお邪魔をいたしまして、またいずれお暇のとき、ゆっくりお話を承りとうございますわ」と、火鉢の火の灰を払って炭をつぎ、鉄瓶へ水を注《さ》し足してから、爽《さわ》やかな足取りで出て行った。
 爛漫《らんまん》と咲き溢《あふ》れている花の華麗。
 竹を割った中身があまりに洞《うつろ》すぎる寂しさ。
 こんな二つの矛盾を、一人の娘が備えていることが、私の気になって来たし、この娘の快活の中に心がかりであるらしいその店員との関係も、考
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